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長野県大町市平借馬
 
  木崎湖南西岸から千国街道に沿って南に進むと、大町市街の手前で借馬かるまという集落に入ります。
  西方に後立山連峰の秀峰を遠望できる田園に囲まれた美しい集落です。とはいえ、往古の千国街道の痕跡はなかなか探し出すことはできません。
  写真:千国街道の遺構につくられた借馬の小径から蓮華岳を望む。

 
借馬集落を往く塩の道


▲海学院近くの千国街道の周りの借馬集落: 街道から東方を望む(山並みの背後に居谷里水源池がある)


農具川東岸の山裾の風景。中央(北西)に見えるのは爺ケ岳、その奥が鹿島槍ケ岳。▲

現在は農具川東岸には5世帯ほどの家並みがあるだけ▲

◆古代の借馬への旅◆

  今回の旅では、金山神社を出発して借馬地区をめぐります。金山神社の言い伝えによると、この神社ははじめ大町市街北東の三日町で創建され、その後その真北にある農具川東岸の山裾に移転し、最後に借馬に遷座されたそうです。
  また、弥生時代には借馬の起源になった集落は、農具川東岸の山裾ないし山腹にあったという言い伝えがあるそうです。今その辺りには5世帯ほどの農家が並ぶ小さな集落があるだけです。そして、現在の借馬集落はは国道148号の西側にあって、伝説の場所からは1キロメートルも西に離れた位置にあります。
  ところが、木崎湖以南から市街地にかけての平坦地が、高瀬川や鹿島川、農具川などの暴れ川の猛威と激甚な水害を免れて、本格的に農地と農村が開拓されるようになったのは、室町時代以降だと見られます。だとすると、古代から鎌倉時代の塩の道はどこを通っていたのでしょうか。
  高瀬川と鹿島川に隣接する地帯を往くのは危険ですから、木崎湖の東岸、すなわち権現山系から居谷里山系の西寄りの尾根筋から農具川――往時は何本にも分流して蛇行していた――の東岸の山間を通るしかなかったでしょう。
  してみると、金山神社が三日町に創建され、やがて弥生時代から続く東の山裾にあった「古い時代の借馬集落」に遷座した、そして室町晩期から江戸時代のどこかで現在の借馬に移ったという伝説は正しいのではないかと思われます。そんな歴史を念頭に置きながら、現在の借馬を歩いてみます。


▲千国街道の東脇にある海岳院。その南側を往く小径は街道と交差するが、古くからある村道らしい。

■現在の借馬をめぐる■

◆金山神社から海学院まで◆

  金山神社を出て千国街道の遺構に造られたと思われる小径を、古い時代の痕跡を探しながら南に歩くことにします。この集落の古老たちの話では、この道を千国街道(塩の道)と呼んでいるそうです。ただし、昭和前期まであった道の起伏や曲折は耕地整理にともなってほとんどなくなったそうです。
  さて、街道の東脇――海岳院から200メートルほど北――に200坪ほどの方形の草地があって墓が並んでいます。切り株の跡からすると、十年ほど前には針葉樹の叢林があったようです。独特の雰囲気の空き地で、往時は寺院(小堂)があったのかもしれません。海岳院跡とも言われています。


この草地には墓地が並ぶ: かつて寺があったか?


野菜畑の隅に3体の馬頭観音が並ぶ

  その草地の斜向かい、街道の西脇の菜園の隅に3体の馬頭観音が並んでいます。古い時代の街道がこの石仏の脇を通っていたのかもしれません。
  この辺りには「祈りの道」としての千国街道の面影が残っていて、金山神社のほかに蚕玉神社・大黒天の碑、その隣に海岳院があります。海学院の境内西端には多数の石仏が集められています。
  さて、この辺りの地形を見ると、金山神社はきわめて緩やかな傾斜の丘の頂部に位置しています。この丘陵の背のひとつは東に延び、もうひとつは南東向きに海岳院の辺りに向かって延びています。
  千国街道が海岳院の南側から南東に向かって進むのは、少しでも標高の高い丘陵の背に沿っていると言えるでしょう。そのため、街道小径はしだいに南東方向に緩やかに曲がっていきます。
  この傾斜の向きは農業用水の流路として現れます。小熊山系の尾根の南端から始まった用水は、金山神社の南で南東に向きを変え、そのまま街道に並行して流れ下っていきます。街道が国道148号と出会う手前で用水は2つに分岐し、逗留する水路はそのまま南東に流れて農具川に合流します。南に向かう水路は大町市街に入り、若一王子神社の西側を流れた後、暗渠になります。


土蔵の正面(南側)の様子



丘の背に沿って小径は緩やかに南南東向きに曲がる

  蚕玉神社から100メートルほど南の小径の東側に蓮田があります。ここは沼でも湿田でもなく、冬には乾田になるところで、蓮根の栽培というわけでもないようです。夏に花を楽しむためでしょうか。平安時代から鎌倉時代にはこの辺りは湿原で、こんな風景が広がっていたのかもしれません。


千国街道跡にできた小径を南に歩む▲

街道を南に200メートルほど歩いて振り返る▲

蚕玉神社と大黒天の西脇を南に往く街道▲

街道と交差する小径: 海岳院脇を東に向かう村道▲

四つ辻を振り返る: 中央右には蚕玉神社と大黒天がある▲

古い造りのまま修復した土蔵(納屋)▲

街道の脇を流れる側溝はこの先の叢林で堰(用水路)と出会う▲

家並みのあいだに蓮田がある。蓮根栽培ではないようだ。

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