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長野県千曲市八幡
  左の写真は、2016年11月下旬、突然の降雪で出現した「雪景色の観音堂」風景です。
  観音堂を守るように脇にそびえてるのは「姨石」と呼ばれる凝灰角礫岩です。この辺りの斜面は、千曲川沿岸と同じ位置にあったのが火山活動・造山活動でせり上がってきたものです。

  まだ紅葉が散り切らないうちに雪が降って、朝のうちに姨捨の色相が激変しました。
棚田地帯の観月の名所

  姨捨の棚田地帯は、姨捨駅の東側にある3筋の小さな谷間からなる扇型(半径約800メートル、中心角約90°)に広がる斜面にあります。ここには、日本ではじめて文化財指定を受けた棚田農耕地が連なる素朴で美しい里山景観が広がっています。
  麓の千曲川沿岸から眺めると、棚田は冠着山かむりきやま (標高1252m)から三峰山(標高1131m)に続く山並みを背景にしています。この山並みは旧麻績村の聖山(標高1447m)まで続く高原をなしています。
  姨捨の棚田は、千曲川と犀川流域に広がる善光寺平を一望する標高460~560メートルmにいたる斜面にあって、総面積はおよそ約40ヘクタール、そこに約1500枚の棚田が残っています。
  16世紀半ばから開拓された棚田は、ことに江戸時代には和歌や俳句、紀行文、さらに絵画の題材にこぞって取り上げられました。1688年には松尾芭蕉の来遊がありました。


▲5月、若葉が萌える頃の観音堂

▲11月はじめ、錦繡に包まれる観音堂

  姨捨は、『古今和歌集』(905年)では「姨捨山の月」と歌に詠まれ、また『大和物語』(956年)には棄老説話が収録され、古くから月の名所として数々の歌が詠まれてきました。世阿弥作の狂言本『木賊とくさ』(1578年)には、田毎たごとの月が登場するので、棚田の開発がかなり進んでいたものと推定できます。
  『善光寺道名所図会』にある「放光院長楽寺十三景之図」では、冠着山、更級川、姨石、姪石、甥石、小袋石などが描かれ、棚田と長楽寺は観月の名所として紹介されました。歌川広重『六十余州名所図会』でも、棚田と長楽寺は名月の里として描かれています。仲秋には、千曲市と坂城町と上田市との境界にある鏡台山からのぼる月がことのほか印象的です。で、長楽寺の歴史については、明治維新の廃仏毀釈の騒乱のなかで失われてしまったそうです。
⇒長楽寺境内の案内絵地図を見る


▲更級川上流の谷間の対岸(棚田の丘)からの長楽寺の眺め: 左から月見堂(観月堂)と月見殿

■詩歌碑に取り巻かれた寺■


▲姨捨会館(駐車場)

  寺伝では、姨捨の下にある武水分神社に併設されていた天台宗神宮寺の別院だったのだとか。武水分神社は、遅くとも9世紀末には存在したようなので、長楽寺も遅くとも鎌倉時代末に別院か末寺として建立されていたものと見られます。
  古代の官道の近傍で、麻績宿への杣道もあり、古代から信仰された冠着山への登山道も通じている場所だけに、長楽寺は平安時代に山岳密教修行(修験)の拠点だったのかもしれません。観音堂がある信州の寺院の多くが、そういう起源をもつようです。

  しかし残念なことに、戦国時代の破壊――その多くは江戸時代に再建・再興された――と明治維新の廃仏毀釈政策で多くの建物や文物は失われてしまったため、寺院と仏教文化の歴史がたどれない場合が多いのです。


▲初冬の冠木門と月見堂

  それでも、現存の長楽寺の姿は鄙びて長閑で、美しく、いかにも棚田の山里に似つかわしいものです。東京暮らしから長野に戻ってから、折にふれて最初に訪れて心を癒したのは姨捨でした。長楽寺の穏やかな雰囲気は心に沁みました。
  夥しい歌碑や句碑が並ぶ境内や小ぢんまりした茅葺の堂宇群、棚田と眼下に眺望できる善光寺平・・・これがわが故郷だと感懐を抱いたものです。
  長楽寺には威容を誇るような大伽藍はありませんが、やさしく大らかに受け入れてくれる寛恕の包容力があります。聡明で物静かな尼僧と出会ったような柔らかさを感じるのです。鄙びてはいるけれども典雅で端正な堂宇と周囲の景観、これまた山と一体化した風情。


姨石と大イチョウ

▲凝灰角礫岩

  この寺院がとりわけて独特な点は、境内や周囲に立っている石塔が墓碑・墓標ではなく、短歌や俳句の碑だということです。
  墓石がこの世を去った人たちの歴史的な記録だとすると、ここに並び立つのは、姨捨を詠んだ詩歌の歴史的記録だというわけです。


山門への参道農道から見おろす。彼方に飯綱山が見える。

ススキの穂は綿毛を飛ばし終えてしまっている

農道の先に月見堂が見えてきた

9月下旬から稲刈りが始まった

晩秋の月見堂: 大イチョウを背景にして

初冬、雪を被った月見堂と境内

同じく錦繡に包まれた月見殿: 茅葺屋根が美しい

雪中、寂寞が支配する境内と本堂、月見殿

石塔群は墓地ではなく、和歌・俳句碑

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