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長野県小県郡
長和町和田
 
 
平安時代に開基の古刹


▲仲秋の菩薩寺 : 蔦紅葉に縁どられた石垣壇上奥に本堂の屋根が屹立する。

  菩薩寺の開山は平安時代の969年と伝えられています。その頃、京洛の六波羅蜜寺に拠点を置いていた光勝空也上人の弟子、空了が寺の礎を築いたそうです。


▲本尊の愛染明
(『和田村村誌』から引用)

  空也上人が諸国修行中、この地に立ち寄って説法し、小堂を建てたのが寺の始まりとしている説もありますが、空也は972年に没しているので、年齢・体力的に諸国行脚は無理だったような気もします。弟子の空了が師の指導にしたがって回国修行をしていたと考える方が自然かもしれません。
  もっとも、空也も空了も伝説ばかりで行跡に関する史料はほとんど残されていないので、史実を確認することはできませんが。
  ところで、寺の本尊は愛染明王です。憤怒の形相で怒髪衝天、3つの眼と6つの腕を備え、5本の鈷がついた獅子冠をかぶっています。俗世の煩悩を断ち切り、大悲の心で衆生を救済するのだとか。
  菩薩寺は、古峰山稜線上の和田城砦の鬼門の方角にあるので、おそらく城砦の鬼門除けのひとつだったのだろう。

■寛永期建立の観音堂が本堂の起源■

◆戦火を浴びた歴史◆

  真言宗の大悲山菩薩寺も、和田庄の領主だった大井家と深い結びつきがあります。
  大井家は古くからこの地にあった菩薩寺に深く帰依し、1530年に道化の菩提料として狐坂から久保まで続く山麓の領地をそっくり菩薩寺に寄進したといいます。
  寄進を受けた当時の住持、信寛はこの地に六坊(塔頭)を開きました。六坊とは、明星院、堂地院、洞元院、不動院、地蔵院、道球院です。

  ところがこれらは1553年、武田家による和田攻めのさいに戦火を浴びて壊滅したそうです。そのうち明星院だけ長窪古町の山麓に移設され、明星寺として再建立されました。
  そして、大井家からの寄進で獲得した広大な寺領は武田家に奪われてしまいました。寺領は分割され、おそらくその家臣の――戦役での武功の褒賞として――知行地とされたのでしょう。
  とはいえ、武田信玄のことですから、良民を慰撫し菩薩寺を保護するための措置を取ったものと考えられます。征服した領地の寺院や神社の保護は武田家の重要な統治政策でしたから。

  その後、寛永期に存弘法印が観音堂を建立して、これが本堂の起源となったようです。現在の本堂は、文政期(1821~22年)に建立されたものを、2002年に修復したものです。

◆境内は村の管制高地のよう◆


▲かなり摩滅した石仏。地蔵菩薩か、愛染明王か、それとも大日如来、あるいは不動明王か?

  和田郷は、美ケ原物見石山から余里峠まで続く長く高い尾根の南麓に位置する扇状地にあります。北西にある尾根の稜線から依田川に向かって落ちていく急斜面に集落と農耕地が開かれました。
  中山道はこの斜面を等高線に沿いながら通っています。この街道は緩やかな斜面が終わって傾斜がきつくなる境目となっているのです。そして、菩薩寺は街道の北側に位置するので、境内からは集落全体を見おろす格好になります。
  境内はいわば、村を見渡す管制高地のようです。

  16世紀に大井家から寄進された広大な寺領を保有し、かつまた六坊があった頃にはどれほど大きな境内だったのでしょうか。
  現在、寺の周囲に墓地となっている土地の面積が約1740坪くらいだとか。少なくともこれよりは大きかったはずです。その頃には、東の大門と西の大門があったと伝えられています。おそらく堂塔伽藍を備えた荘厳を誇ってたのでしょう。

◆石仏・石塔ならびに石碑の群◆

  そんな歴史の変遷をわずかに垣間見せるのが、いま境内の南入口辺りにまとめられている石仏や石塔、石碑の一群です。旧境内や参道脇に埋まっていたり、散乱していたりしたものをここに集めて修復したらしい。
  右上の写真にある六地蔵は、明治維新の廃仏希釈運動のさいに首を落とされたようですが、現在は修復されています。また、光明真言碑は真言陀羅尼――梵字の祈祷呪文――ですが、円の上部の傷は修復された跡があります。


▲素朴な造りの光明真言碑。かつては上部が欠けていたが修復された。


中山道脇の門柱と参道

石垣の前の小道を跨ぐ橋を渡って境内に入る

寺の前からの眺め:中央が大出山、右手が古峰山

参道に並んでいた石仏や石碑をここにまとめらしい

六地蔵:以前は橋の手前参道の両脇に3体ずつ向かい合って2列に並んでいた

質実で美しい本堂

東隣は庫裏と奥の堂宇

ツタ紅葉が巻き付いた大杉は威風を払う

満天星つつじの紅葉の頃。美しい唐破風。

和田神社から下って境内の裏手(北側)に回る

手前が庫裏奥の堂宇、奥が本堂

向拝本堂を裏手の墓地から眺める

横(南西側墓地)からの本堂眺め
 


 
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