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長野県松本市丸の内
 

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城の縄張りと水濠をめぐる  

  松本城は市街の中心にあって、この街の歴史と文化を象徴する存在です。ことに豊かな緑によって縁どられた堀の水系は、街の景観の中核となってきわ立っています。濠の水面は、陽光を反射し周囲の景色を映し、風を受けて波立ちます。
  ここでは、城を幾重にも取り囲む水濠をめぐり歩き、城の縄張りを読み取ります。縄張りとは、城郭全体の構造についての構想コンセプトです。

Article in English Concept of Castle and Moats

Standing at the center of the city, Matsumoto Castle symbolizes its culture and history, as a landmark. Especially water-system of moats hemmed by rich greenbelts takes core-role forming the landscape of the city.
Blown by the wind, the surface of water waves and reflects sunshine.
Now Walking along the moats, I would like to decipher Nawabari. It means a grand-design of the castle as a whole, in other word a castle-making concept including its downtown.

On the eastside of Ninomaru stands Taiko-mon which was rebuilt 1993. This gate-complex is consist of two gate-houses.
The outer one facing the moat is Ni-no mon, i.e. the second gate, and the inner one is Ichi-no-mon, i.e. the first gate that is a big turret-gate.
In those days, the warning drums were set on the second floor of the latter. From the view point of the architecture, the former is the type of Korai-mon, the latter is of Yagura-mon.
Each gates is gotten between the stone-walled earthworks. If you want to enter Ninomaru, you must turn in a right angle after going through the outer gate and turn again before passing the inner gate.
Thus you must turn twice on a narrow way surrounded by the gate-houses and stone walls, from which they could shoot crossfire by guns or bows against the enemy. Such a defence-structure is called Masugata-koguchi.

▲再建された太鼓門と内桝形虎口

  城の二の丸東側には、1999年に再建された太鼓門があります。堀に面しているのが「二の門」(高麗門)で奥に「一の門」(櫓門)が控えています。築城当時にはここに太鼓楼があったことから、太鼓門と呼ばれるようになったとか。
  高麗門をくぐると、石垣に行き当たり、直角に二度曲がらないと、二の丸に入ることができません。このように、石垣や結構によって、敵の軍勢の直進を妨げる仕組みを「桝形」と呼びます。「虎口」とは城の出入口のこと。この桝形虎口で敵の進撃を止めて、櫓門から弓や銃で迎撃・撃退する防御構造になっていました。
松本城の縄張り絵図を見る

■城の堀をめぐる 縄張りを読み取る■

  今回の堀めぐりは、まずはじめに松本神社前から城址公園の北西の入口から反時計回りに公園南(大名町通り側)入口まで歩くコースを取ります。
  次に、同じ出発点から時計回りに、二の丸公園を通り抜けて太鼓門にいたるコースを歩き、そのあと太鼓門から堀沿いに北に進み、さらに深志橋と外堀方面に向かいます。

Article in English Decipher Concept of Castle-Making

At first I began to walk around the moats from the northwest entrance of the park to the south entrance, againt the clock-hand rotation.
Thereafter from the same start-point, walking through Ninomaru Park to Taiko-mon, I got out to Marunouchi Street and went north along the Ninomaru Moat over Fukashi Bridge to Soto-bori.

The avenue between the castle and Mastumoto Castle was a part of San-no-maru, i.e. the third site, the outside of which was surounded by a moat named Soto-bori, i.e. the outer moat.
The road running from east to west between Kaichi 1 Chome and Mastumoto Shrine was a bank line of the moat. At its crossrooads was lying Maru-umadashi, i.e. a arc-shaped banker.

Now We find a wooden red bridge named Tanauki-bashi, which would reaches Honmaru, over a waide moat. As the moat around here is widest, the main tower-complex looks like a castle floating on the lake.
Walking along the moat, we pass by Kuro-mon, the black gate, and reach the south-entrance of the park. The oblong section (with longer side of 300 meters) from here to north was once a part of the moat named Ninomaru-bori.
The section has been a residential town but now the city autority plans to restore the moat.

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▲通りの右手は松本神社、左手は城
ここは幅50メートル以上ある三の丸だった

▼同じ場所から反対方向の眺め

  松本神社と城との間を走る道路は、江戸時代には三の丸で、その外側を外堀が取り巻いていました。開智一丁目と神社の間を東西に通る道路が外堀の縁でした。そこには丸馬出まるうまだしがありました。丸馬出とは、円弧状の迎撃用土塁です。

馬出の説明(マウスオンする) 画像資料の出典:小学館『ビジュアル・ワイド 日本名城百選』2012年

  さて公園に入ると左手に本丸を囲む内堀があって、堀に突き出た馬出跡の横に本丸に渡る狸橋という木造の橋が架かっています。この辺りから本丸内堀は最大の幅になり、天主の眺めはさながら浮城の趣です。
  黒門を過ぎて西に向かうと大手側の出入口にいたります。江戸時代には、二の丸を囲む堀はここからずっと西にも続いていましたが、今は埋め立てられて街区となっています。市当局は現在、この区画にかつての堀を復元しようと計画しています。

Article in English Then, let's go back to the starting point and walk along the moats in adverse.
The earthwork of Honmaru, the core site, touching the moats are covered thoroughly with stone-walls. But that of Ninomaru, the second site, are half-covered. Only the parts touching water are covered with stone-walls.
Such a stone-wall covering style is called Hachimaki-doi, i.e. a earthwork of the head-band cover. Hachimaki means a head-band and Doi means a earthwork.
Comparing the earthworks of the both sites, we notice the rather big difference of their height. Honmaru earthwork is much higher than other sites. That means the deffernce of their defencibility and military importance.

  では、出発点に戻って反対向きに堀沿いをめぐりましょう。
  内堀に接する本丸の土塁は石垣で覆われていますが、堀を挟んで二の丸の土塁は「鉢巻き土居」になっています。鉢巻き土居とは、石垣積みは堀の水面の少し上までで、その上は土塁のままになっているものです。

  本丸と二の丸の間の堀を眺めると、この2つの曲輪の水面からの高さがかなり違うことに気づきます。この高さの差は、そのまま防御能力の差を意味します。


太鼓楼から東方を見た堀の様子


太鼓門前から西方の眺め


同じく東方の眺め

  橋を渡って二の丸を通り抜けると太鼓門に行き着きます。二の丸御殿は、廃藩置県ののち筑摩県庁として利用されましたが、間もなく焼失しました。


わずかに残る総堀(大外堀)


深志橋から総堀東方の眺め。堀の左手は三の丸だった。

  丸の内街区を東に行くと深志橋に出会います。この橋の下に残る堀が、かつての外堀の名残です。


城と松本神社の間を東西に通る道路

松本城公園の北西の入口からの内堀の様子

内堀馬出の対岸の石垣。
丸馬出跡は画面のすぐ左手にある。
本丸の石垣は一段と高く築かれている。

朱塗りの狸橋

内堀の最大幅の地点
堀に浮かぶ天主・小天主を撮るなら、
この近辺からの眺めが一番みごとだ。

公園西の入口、右手は大名町通りで、
古くは三の丸だった。
堀の遥か彼方(東方)に美ケ原高原を望む。

北側の内堀 堀を渡る堤塁から西を見る
江戸時代までは、堀の右手は、
本丸と二の丸を取り囲む三の丸だった。

堤塁から東を眺める
石垣が途切れた向こう側の芝の鉢巻土居は二の丸。

本丸と二の丸の間の堀
右側の本丸の方が、法面総石垣で高くなっている。本丸の坊行性能を一段と高めるためだ。

堀の右手が二の丸で、左手が旧三の丸。
明治以降、三の丸の東ブロック(写真左手)は、の官庁街を建設するために、北側の台地に合わせて、それまでよりも高く造成したもとのと思われる。

内堀の東端から西端を眺める。今立っている場所と対岸のテレビ局の電波塔がある街区とは、同じ
三の丸として、本丸と二の丸を取り囲んでいた。

二の丸の北東端。堀が直角に曲がっていて、
鉢巻き土居の形が一番美しい場所だ。


丸の内から堀と二の丸越しに本丸天主を望む

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