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長野県塩尻市
 
 
往時の街道筋を探る


▲小野家住宅 銀杏屋という旅籠で天保年間(1836年)に建築された

  旧中山道塩尻宿は今、国道153号沿いの街並みになっている。国道は交通往来の激しい幹線道路で、古い町の面影を探りながらのどかに歩くのも難しい場所となっている。
  それでも、ここかしこに往時の街並みを想像させる建物や標識が残っている。
  上の写真は、この宿場町の有力商人で大地主でもあった旅籠「銀杏屋(いてうや)」の町屋家屋。間口8間で奥行き40間の広壮な屋敷だ。

■中山道随一の要衝■

◆旧街道の道筋◆

  往時、中山道は上手から来て大門を過ぎ田川を越えた辺りで緩やかに蛇行していました。
  現在、今井歯科医院がある辻で東に入り、堀内家住宅の手前を通り、塩尻東小学校の脇を抜け、阿禮神社の手前でやや南に折れ曲がります。そして「鍵の手」でおよそ120°の角度で左折します。

  街道宿駅は、大名たちが参覲交代という形の行軍をおこない宿営する陣地ですから、軍事的制度としての性格を持っています。そのため、宿駅の入り口では街道を曲げて、街への直進を防ぐ構造になっていました。
  宿場町の両端や主要部の脇に神社や寺院を配置するのも軍事的防衛上の配慮からです。しかし、塩尻宿には桝形がないようです。

  神社から鍵の手までの道沿いには、小さな薬医門とか冠木門の住宅があって、宿場町以来の格式というか雰囲気が残されているようです。
  鍵の手から中町交差点までは、旧中山道の道筋は国道と重なっています。もちろん、道幅は拡幅されていますが。


▲塩尻宿本陣跡

▲上問屋跡

▲飛脚問屋跡

◆千国街道から五千石街道へ◆

  糸魚川から信州松本に通じる千国街道は「塩の道」とも呼ばれ、その南端では、古い塩尻宿(古町)で三州街道と連絡していました。
  古い塩尻宿から発する千国街道への連絡路は、古町から北に向かっては長畝、南熊井、赤木などを経て松本市の村井方面から来る北国西街道(善光寺街道)と連絡します。千国街道は松本から大町、小谷(千国)を経て糸魚川にいたります。
  内陸の信州には、千国街道を通じて日本海沿岸の糸魚川方面からと、三州街道を通じて太平洋岸の三河・駿河方面からとの両方から、塩が運ばれました。その2つの塩の輸送路の末端に位置したため、この地が塩尻と呼ばれるようになったとか。

  ところが、初期の中仙道から塩尻峠回りの中山道に転換したのち、小笠原家と戸田家との移封で松本平に万石の領地の余りが生じたことから、それを5千石ずつ諏訪班と高遠藩に分与されることになりました。
  松本にある飛び地の領地を巡察するために諏訪藩の役人が千国街道を通るようになって、この街道が五千石街道と呼ばれるようになりました。

◆古町は農村田野に戻った◆

  塩尻峠回りの中山道の宿駅として新たな塩尻の街を建設するため、古い塩尻宿の住民が移住することになり、新街区は上町と呼ばれました。やがて宿場町は成長し、上町の西側にも――近郷の住民を呼び集めて――中町・下町という街区を増設しました。
  古い塩尻宿があった場所は古町と呼ばれるようになりました。
  住民がいなくなった古町地区はやがて田野に戻り、住民がまばらな農村地帯となりました。現在では閑静な住宅地になっています。

◆塩尻宿は信濃の要衝◆

  新たに建設された塩尻宿は、中山道の宿駅でありながら、千国街道と三州街道の結節点でもあり、北国西街道や甲州街道にも近いので、徳川幕府の統治という点で信濃で最も重要な要衝としての位置づけを持っていました。
  いくつもの街道の連結地であることから、江戸に参覲するためにこの街を通過しあるいは通過する大名も多かったのです。もちろん、一般の旅人も同様です。そのため、中仙道随一の旅籠数(10軒)と宿泊者収容規模(延べ床面積)を誇っていました。


▲街道沿いの口留番所跡

▲仲町交差点の一里塚跡


大門から阿禮神社に向かう旧街道

阿禮神社前で南に曲がる。奥は神社の鎮守

神社前から「鍵の手」の手前まで

鍵の手。かつてはもっと道が右突に湾曲して、鍵の手の角は直角に近かったかもしれない。
鍵の手を過ぎた辺り(塩尻方面を望む)

笑亀酒造前の道(奥が塩尻峠方面)

笑亀酒造の敷地に天領差配のため陣屋があった
塩尻宿の看板標識

高札場前の国道(奥が大門方面)

飛脚問屋跡前辺りの様子

五千石街道分岐。この先で左折して北西に向かう。

上町辺りの様子
御旅宮の前。電柱の辺りが三州街道分岐

三州街道は南に向かう

仲町交差点の脇の家並み
旧中山道はこの先で左折する

塩尻宿の東端には永福寺がある
 
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