長野県上田市

  上田盆地は、すでに奈良時代に国分寺や国府が置かれていて、古代から信濃の要衝となっていた。
  今日の上田市街は、戦国時代に真田氏が淀ヶ淵に城砦を構えたことで、周囲に城下町が形成されたのが始まりだと言われている。

  左の風景は、真夏、豊かな緑に囲まれた上田城の南櫓と櫓門。
トピックス

上田城を訪ねる

上田城跡公園をめぐり歩きながら、上田城の遺構を探り、城の歴史、真田家時代の城砦の姿に思いをはせる。
往時の上田城周辺の地形と城砦の設計思想や防御の仕組みを考えてみよう。

櫓門の前に立つ「真田十勇士」

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上田城を訪ねる 2

関ヶ原のあとの上田城の運命を思いながら、江戸時代に仙石家によって復元修復された城塞の構造を探る。
松本市街の中心部は、緑と水に恵まれた環境をなしている。それは、この都市がと直下の街の設計構想(縄張り)を保存してきたからだ。その設計構造とは、どんなものだったのだろう。

尼ヶ淵側の石垣と段丘崖

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上田城を訪ねる 3

上田城本丸の神社や土塁、堀をめぐる。
真田神社は、荒廃した上田城修復への動きの始まりだった。
江戸時代には本丸には隅櫓が7つあったという。ところが今では3つ現存するだけだ。本丸土塁上にあったという4つの櫓は失われている。

真田神社拝殿

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上田藩主居館跡を訪ねる

上田城の三の丸につくられた藩主居館の跡。
関ヶ原の決戦後、豊臣側についた真田昌幸の居城としての上田城は取り壊された。新たに上田藩主となった真田信之は、三の丸に居館と藩庁を築いて藩政の拠点とした。
今では上田高校の敷地となり、門や堀、土塀などが遺構となっている。

上田藩領主居館の門

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柳町街あるき

北国街道上田宿柳町の名残りを残す街並みを探訪する。
城下町の上田は北国街道の宿場町でもあった。
400年以上の歴史をもつ商家があったり、古い町屋建物が今風のレストラン・食事処となっている。
石畳の街道に古い街並みの歴史的景観がよく似合う。

柳町通りの街並み

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信州まちあるきシリーズ

信州の仏塔めぐりシリーズ

上田 信濃国分寺

上田城の南東3kmあまりにある信濃国分寺を訪ね、境内や三重塔、近隣の街並みなどを見て回る。

浄光寺の薬師堂

別所温泉〜塩田平をめぐる

「信州の鎌倉」と呼ばれる別所温泉〜塩田平を探訪。古い歴史の寺院や神社、そして温泉浴場などをめぐり歩きます。

前山寺の三重塔

とっておき情報

上田市街絵地図

  • 上田市街の案内絵地図です

上田の河岸段丘地形

  • 上田市街の地形の説明です

真田期の上田城

  • 真田家がつくった城砦の縄張り絵図。
  • 現在の上田城跡との違いを探そう。

江戸期の上田城と現在の公園絵図

  • 仙石家が再建した城砦の縄張り絵図。
  • 現在の城跡公園の絵図と比較できる。
  • 木曾路と奈良井宿の心に残る景観ギャラリー
  2015.11.01 更新