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長野県北安曇郡白馬村神城
街道沿い、山裾の村


▲白馬南小学校脇の高台の小径: 往時の千国街道を想起させる風景

  白馬村観光局製作の「白馬めぐりマップ」によると、沢渡村では国道148号に沿って南進する千国街道は、南小学校前交差点で右折して山裾斜面を西に60メートルほど進み、そこで南転して集落内を抜けて佐野村まで向かうようです。
  ところが、街道が南転する辺りから南に100メートルほどは、現在白馬南小学校の敷地になっています。敷地は山裾斜面を切通して造成したらしく、校舎と校庭の西側は段丘となっています。街道は、かつてここにあった斜面の上を通っていたのでしょう。


▲街道跡の遺構と白馬南小学校校舎と校庭

  現在では、小学校の背後(西側の山裾斜面)を回り込むように塩の道が「復元」されています。山林の東側の縁をはしるJR大糸線の脇を往く小径です。舗装されていないので、土の地面を草叢が覆う小径で、往時の街道の様子を再現したかのようです。
  校庭の西の段丘上の樹林に囲まれた草原には、沢渡北原庚申塚石仏群が保存されています。ここに並ぶ石塔や石仏は20体ほどで、白馬村のほかの石仏群と比べると少ないのですが、近代の区画整理のさいに石仏を集めた様子もなく、古い時代の状態をそのまま保存してあるように見えます。その意味では貴重な史跡ではないでしょうか。塩の道は石仏群の脇を南北に通じています。


沢渡北原庚申塚石仏群の東側を往く塩の道▲

●沢渡の地形と街道●


▲陽だまりが温かい小径

◆沢渡・佐野の地形◆

  グーグルの立体地形図を見ると、五竜岳と爺ケ岳の尾根は、これらの中間に位置する鹿島槍ケ岳を外輪山のように南北から取り囲んでいます。五竜岳の峰から続く遠見尾根は分岐して南北に延び、南伸する尾根は鹿島槍ケ岳の東に回り込む形で、尾根の東側に南北に深い谷をつくっています。その谷を挟んで並行する尾根が青木湖とのあいだに立ちはだかっています。その尾根の東側裾野の扇状地斜面にあるのが沢渡と佐野の集落です。
  塩の道は、この南北に延びる尾根筋の東側裾野を往く小径です。飯田村の南にある次の宿駅は佐野村で、沢渡はその中間にあるのです。沢渡地区の塩の道を歩いて楽しみましょう。

  11月はじめ、白馬村では晩秋から初冬への端境期です。つい先日の未明まで、この辺りには雪が舞い、山裾までうっすらと雪が積もりました。木々は紅葉から落葉へと急いでいます。こんな風に、往時の旅人は山の自然のありがたみと脅威をともに感じて街道を行き交っていたのでしょう。
  さて、小学校を迂回した街道は北原庚申塚石仏群の前で直角に曲がり、沢渡集落に向かって南進します。


▲初冬の木漏れ日が草原と石仏群に降り注ぐ

▲石仏群の脇を南進する街道

◆晩秋の沢渡――街道風景◆

  沢渡地区に入ると、街道脇の風景は山裾の農村の色合いを一気に濃くしています。山林が間近に迫っているからでしょう。
  私は、南東からしだいに高度を上げていく太陽のまぶしい光を正面に受けながら南に歩くことになります。青く晴れ渡った空の下には、紅葉の盛りを過ぎて明るい黄褐色を帯びていく山野が広がっています。

  この村でも、私はおじいさんやおばあさんに出会って、この時季の近隣の風景の美しさや村の歴史、古民家暮らしについて話を聞くことができました。


▲山腹から麓の水田まで錦繡に染まる

▲ススキの穂が白く輝いている

▲来し方を振り返ると・・・

  沢渡集落では千国街道は山裾を等高線に沿って南北に往還しています。したがって起伏や坂はほとんどありません。ところが、街道に連絡あるいは交差する村道――姫川河畔の田畑や国道に向かう小径――は東西にはしっていて、いわば等高線を縦断するかたちになっています。つまり坂道となっていて、東に向かって緩やかに下っていきます。
  沢渡集落も、飯田や飯森と同様に、山裾に位置する姫川の河岸段丘の上につくられたのです。姫川河岸は低湿地となっていたので、開拓農民は山裾の丘陵に居住拠点を建設し、河畔の低湿地で苦難に満ちた水田開発をおこなったのです。


斜面の上の段丘にはJR大糸線の線路が通る

信州の強い朝の陽射しが山林を染め上げている

カラマツの双子の大樹が道に立ち塞がる

杉林が陽射しを遮ると寒い

碑が降り注ぐ校庭めざして降りていく

千国街道と校庭を仕切る桜並木

強い陽射しが街道と石仏群に明確な輪郭の影をつくる

沢渡集落に向かう塩の道

集落の家並みのあいだを往く街道

晩秋の集落風景: 強い陽射しが街道に影をつくる

農家の土蔵が小径沿いに並ぶ

姫川と国道に向かって緩やかに下る村道

優雅で重厚な造りの古民家


▲姫川沿いの水田地帯

  沢渡村の東側の低地には姫川を中心として広大な水田地帯があります。この水田地帯は南北に長く延び、北は塩島新田辺りまで続いています。姫川沿いの低地はかつては湿原で、それが稲作地へと開拓されたのですが、江戸時代から昭和期までは農作業が大変な湿田でした。
  そのため、稲刈りの後には稲束を河岸段丘上の村落まで運び上げて、そこで「はぜ架け乾燥」をおこないました。
  ところが、昭和末期から姫川の河床を掘り下げて氾濫の危険性を低減するとともに、水路をつうじて湿田の水を姫川に落として現在のような「乾田」につくり変えました。そして、小さな田圃を統合する耕地圃場整理を進めて圃場の面積を何十倍にも拡大し、トラクター耕起などの作業をしやすくして作業効率を飛躍的に高めました。施肥による圃場肥沃化もおこなったため、単位面積当たりの米収量は倍増しました。
  ・・・これは沢渡の古老から聞き取った白馬村稲作地帯の歴史です。

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