今回の旅では、会田宿北端の善光寺参道常夜灯から善光寺道をたどって岩井堂観音堂まで歩きます。漢音道は、毎時維新による廃仏毀釈で破却された真言密教の補陀（普陀）寺の奥ノ院だったそうです。
  立峠に向かう善光寺道は、虚空蔵山と立峠尾根との間の谷間から流れ下る岩井堂沢を右手（東側）に見おろしながら急坂の小径を北に1.5キロメートルほどのぼることになります。

◆会田宿の外れから旧善光寺道跡をたどる◆

  今回の旅では、会田宿本町の北端の善光寺常夜灯から旧街道をたどって、立峠の裾にある岩井堂観音堂まで歩きます。道のちは約1.4キロメートルで、その間にだいたい140メートルくらい標高を上げます。斜度は100パーミルですからすごく急な上り坂です。
  さて、善光寺常夜灯（石灯籠）からおよそ100メートルほど歩くと、街道右手（東脇）に石門柱や石塔が並ぶ分岐点があります。これは広田寺に向かう参道入り口です。往古には、禅刹への道案内となる石仏・石塔群があったようですが、明治期～昭和期に現在のようにつくり変えられたと見られます。
  さらにおよそ200メートルくらい坂道を歩くと、松澤家茅葺長屋門の遺構の前にいたります。
  松澤家は戦国時代までは武士だったと見られる郷士で、戦国末期から会田で帰農して農村開拓を指導してきた豪農だったようです。文政年間（1831年頃）に寺子屋を開設して、書や四書講読、剣法や兵学を教えていたと伝えられています。
  遺構の周囲には数軒の家屋がありますが、昭和中期まではそれなりの規模の集落があったようです。

芭蕉の句碑は劣化していて刻字は不明


神社か仏堂があったらしい痕跡がある

  そこからさらに300メートルくらい歩くと、街道の東脇に祈りの場の跡のような雰囲気の古い建物や門の跡と思しき塚が見えてきます。ここは、大門と呼ばれていた地籍だそうですから、丘の上にある大きな寺院、無量寺――中世までは真言密教の修験拠点だったか――の参道が始まっていた場所で、往古には門前町集落があった跡地だと見られます。ここから岩井堂観音堂の辺りにかけては、室町時代までは密教修験の霊場としての堂宇群や宿坊群があって栄えていたのではないでしょうか。

集落の古民家を見上げる


無住になった古民家は荒廃している

  現在では旧街道から東に向けて無量寺の丘の下を通る幅広の舗装道路がありますが、古い時代には、先ほどの門跡の塚から曲がりくねった参道が寺まで導いていたと見られます。
  この道から100メートル旧街道を進むと、西脇の小集落に入っていく幅１間くらいの小径が分岐します。この小径が幕末までの善光寺道だったようです。現在の街道は、明治以降に新街道として建設され、昭和期に拡幅舗装されたものなのでしょう。
  明治前期までは、人びとはこの小径を通って立峠に向かっていたはずですが、今では街道歩きの旅人がこの小径を通ることはめったにないようです。しかし、往古の街道の面影を偲ぶためには、この小径を通るべきでしょう。

  この集落を出るとおよそ400～500メートルくらい歩くと、岩井堂漢音道の下に行き着きます。私は舗装道路から観音堂に参詣する経路と、道路脇の標柱から樹林のなかを往く細い草道をたどる経路――四賀キャニオンに向かう――の両方を歩いてみました。
  おそらく昭和中期までの観音堂への参道は、後の方の杣道のように荒れた小径だったと見られます。
  観音堂は、今では入母屋造り瓦葺きの建物になっていますが、これは昭和後期頃に修築されたのではないでしょうか。かつては茅葺造りだったのでしょう。虚空蔵山から立峠の谷間には古代の密教修験の堂宇群がいくつもあったようですが、現在残っているのはこのお堂だけです。
  観音堂の手前に小堂があって、そのなかに置かれているのは弘法大師座像のようです。ということは、ここは古くは真言密教の修験霊場で、近隣には観音堂のほかにも堂宇があったのでしょう。観音堂は真言密教の緒言霊場で、明治維新にともなう廃仏毀釈で廃寺となった補陀寺の奥ノ院だったそうです。
  観音堂脇の岩壁の下に並ぶ馬頭観音は、昭和末期に街道の拡幅舗装工事をおこなったさいに道沿いにあったをここに集めたようです。

本陣問屋の屋根は豪雪に備えた造りに見える


宿場の問屋を務めていた家門の屋敷跡にの薬医門


泥岩の崖をよじ登る参道


お堂のなかに安置された千手観音坐像


観音堂の背後の崖下に集められた馬頭観音