須原の北側の上郷から糸瀬山の谷を越えて上松町池の尻に向かう旧中山道の痕跡は、いまではすっかり失われています。鉄道や国道の建設で地形が変わったということもありますが、何らかの理由で廃道になったためという理由が大きいようです。
  廃道になった原因は、谷間を流れる沢の蛇抜け（土石流」）ではないでしょうか。この辺りは幼魚池がいくつも残っています。谷間を流れる水（伏流水も含む）が多いのです。現存の林道を歩いて旧道の痕跡を探索してみます。

◆谷越えの道の痕跡を探る◆

◆失われた旧街道の痕跡を求めて◆

  須原宿から上松宿までの旧中山道は、急峻な山腹斜面が両岸から木曾川に迫る狭い峡谷を往きます。そこに明治以降に鉄道と国道が建設されたため、古い街道の遺構はすっかり埋もれてしまいました。
  とはいえ、鉄道線路よりも上にある旧街道の遺構や痕跡は見つけられるかもしれません。
  熱心に中山道歩きをしている人びとも、歴史の遺構・痕跡としての中山道を探索しようとするのはごくごく少数で、ましてウェブサイトに公刊しているのは私くらいです。ここでは、史料がない事柄を地形探索と現地住民――健在の古老――からの聞き取りをもとにして、旧中山道の道筋と地形環境を追跡してみます。

ここは村落の広場で祭事などの
行事がおこなわれていたらしい

◆神明社と旧上郷集落の遺構◆

  私は上郷神明社の南側で鉄道の下のトンネルをくぐって谷間をまず南に迂回してから、神明社の背後の山腹を北に往く林道を辿ることにしました。
  林道沿いに今も暮らしている住民はわずかで、村落としての行事が今でもおこなわれている形跡は見当たりません。しかし、神明社の周囲の草刈りは定期的におこなわれているように見えます。
  神明社の背後の段丘の平坦地は、かつて村人が集まり祭事をおこなっていた場所らしく、背後の林道脇には、阿弥陀三尊、馬頭観音、二十三夜塔、念仏塔などの石仏群が並んでいます。
  この林道は、往古、木曾川が増水して下の中山道が通行不能になった場合に迂回する脇道の遺構をもとにつくられた舗装道路ではないでしょうか。
  神明社の背後辺りから林道は、鬱蒼とした山林のなかを往くことになります。林道に迫る山腹は旧斜面です。

  500メートルほど進むと、小さな沢に出会います。林道の東脇に沢沿いの竹林をのぼっていく細道があります。辿ってみると、沢の勾配が緩やかになったところに小さな木橋が架けられています。これは、沢越えをするための旧村道の迂回路だった可能性があります。もしかすると、旧中山道の脇道の遺構かもしれません。

この細道は中山道の脇道（迂回路）かもしれない
あるいは木曾古道に連絡する杣道かもしれない

◆旧中山道の痕跡を発見か◆

  石仏群からおよそ１キロメートル進むと、斜面は緩やかになり林道は山林から抜け出て開けた場所に出ます。左手（西側）の斜面の下にＪＲ中央線の鉄道線路と国道19号を見おろすことになります。
  住宅が１戸あって、その先の林道西脇に馬頭観音がひとつ置かれています。ただし、この石仏は林道に背を向けています。おそらく観音様の正面側を古い街道が通っていたのでしょう。石仏は街道を通る人びとを見守っていたはずでです。
  畑作地の跡と見られる草地斜面を降りて鉄道と林道の間を調べてみると、国道から鉄道線路を斜めにのぼってきて林道に合流する古い道の跡を見つけました。おそらく、これが旧中山道の遺構ではないでしょうか。
  この先（北北東側）400～500メートルくらいの地点になだらかな尾根と幅広の谷があるので、尾根を越えて谷を越えるために旧街道は、木曾川の岸辺からここまでのぼってきたものと推定できます。

石の上に据えられた馬頭観音は旧街道に正対して
いたはずで、こちら側に中山道があったようだ

線路脇の細道跡は木曾川岸辺からのぼる中山道か

  林道をさらに200メートル進むと、マス養魚池の跡があります。跡と呼ぶのは、すでに操業を止めているようで、魚影は見当たらないからです。
  池の上の高台には、養魚施設を経営していたと思しき広壮な古民家があります。木曾に特有の本棟出梁造りの大きな屋敷で、荒廃した養魚施設の跡と漆喰なまこ壁の土蔵もあって、なかなかの結構です。
  屋敷に続く小道をのぼると、有名なエドヒガンザクラの巨木が立っています。

◆旧街道の痕跡は藪の中に消える◆

  エドヒガンザクラの老巨樹は、養魚池から古民家にのぼる小径の脇に立っています。長野市小市で樹齢600年――「神代桜」と呼ばれ、一説には樹齢1000年以上――とされるヤマザクラを見たことがありますが、それとは比べ物にならないほど巨大で元気です。

幹の上方から若い根が地面の下に伸びている!!

  根元から２メートルほどの高さまで幹の芯部は腐朽して空洞化しています。表皮は生きていて、何と幹の上方から気根のような肢が数本、地面に伸びて、若々しい活性根をつくっています。あたかも樹木医が内臓バイパス手術を施したかのようです。
  なんという強い生命力の強さ！、不思議さ！・・・なのでしょうか。

  さて、林道は養魚池跡の近くで途絶えています。そこから草野原を北東に往く道の跡がありますが、谷間の草地藪の前で行き止まりになっています。道跡は草の中に消えています。
  往古、この道は谷間を横切って、池の尻集落に向かったと聞いています。国道19号の北脇に建物が残る廃業した食堂のところで、木曾谷畔の河岸段丘に降りていったそうです。