◆危機に直面する街並み保存運動◆


  妻籠宿では伝統的な街並み景観(古民家群)の保存活動が、じつは深刻な危機に直面しつつあることに気がつきました。
   「貸さない・売らない・こわさない」というスローガンで、宿場に古民家を所有する各個人がそれぞれに努力して街並みを護る運動は、人口の高齢化やそれにともなう継承者の急減と不在によって、危機に直面しつつあります。古民家の私的所有者である個人・家族の次元では、もはや老朽化が始まった家屋の屋根や壁、庇などの補修に手が回らなくなってきました。
   相続者がいなくなった個々の建物は、街並み保存をめざす公益財団法人が買い取って財団の所有物にしていますが、老朽化や劣化のすべてに対応できる財源がありません。まったく足りません。そんなわけで、私が好きだった景観が少しずつ劣化し始めています。
   街並み景観の保存のために「貸さない・売らない・こわさない」という方針が有効だったのは、現在80歳代になった人たちが元気だった時代です。やはり、その原則を守る方向での外部の資本(公的社会資本など外部の財源と組織)の協力を得る必要がありますが、この方面での試行錯誤はされてきませんでした。
   西隣の大妻籠では、後継者がいなくなった古民家の放置や荒廃がすでに始まっています。
   このままででは、10年後には、あの美しい木曾路の街並み景観の荒廃が誰の目にもはっきり見える程度まで進むでしょう。
   《古民家群=街並み保存運動の社会化》が必要なのです。街並み保存のためなら、県などの行政が関与した「外部資本による社会化」でもいいと思います。放置すれば、街並みは荒廃し失われます。一度失われたら、どれほど金をかけても、もはや再現は不可能です。
   現在、「コロナ禍明け」ということで欧米からの訪問者や旅人が急増していますが、若年層は金がないので、節約旅で、宿泊しても素泊まりで地元に金を落としません。つまり、過剰なほどに観光客が来ても、住民や環境の負荷が増えるだけで、それをカヴァーする財源の獲得にはつながりません。
   外国からの観光客が増加することは、街並み景観保存につながる経済効果をもたらさないのです。政府と政治家、行政はまったく実態をつかんでいません。つかもうともしていません。
   妻籠の現状を見ると、《建築学(建築社会学)すなわち繕いの建築設計思想》を、木曾路では、街並み全体の規模で模索・試行しなければならない時期に来ています。それは、外部からの財源の確保も含めた経済=財務活動も包含する仕組みにしなければならないでしょう。が、不可能と言うほどに難しい課題です。