柿其橋の西袂に八剱神社があります。中川原峡を見おろす木曾川西岸の岩棚（岩山）に祀られています。ＪＲ中央線のトンネル建設よりも前には、対岸の岩棚にも十二兼村の八剱神社があったそうです。 木曾谷を両岸から見守るように八剱神社が祀られていたのです。この２つの八剱神社は、もともと一つの神社だったと伝えられています。
  この神社の鳥居前から柿其渓谷めぐりを始めることにします。次の探訪地は水路橋です。

◆木曾は「国づくり叙事詩」神話のなかで要だったのか◆

■岩棚から峡谷を見おろす神社■

  柿其橋の西袂にある岩棚は、柿其川と木曾川の水流がぶつかり合って合流する地点にあります。２つの川による荒々しい浸食作用の産物です。その岩棚の上に八剱神社の境内神域が設けられています。
  八剱神社は信州あちこちにあります。なかでも最も有名なのは諏訪市の八剱神社で、諏訪湖の御渡の観測を神事としておこなっていますが、そこでは八千矛神やちほこのかみを主祭神として日本武尊やまとたけるのみことと誉田別尊ほんだわけのみことを合祀しています。この神社は諏訪大社上社の摂社と位置づけられています。
  そこには、諏訪大神の祖霊である八千矛神を最上位に置く信仰＝思想が表現されているとも考えられます。八千矛神は別名大国主神です。
  とはいえ、それぞれの八剱神社ごとに、中心になる神が八千矛神だったり、日本武尊だったりと主祭神が少し異なるようです。

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拝殿脇から鳥居を振り返る


道（往来）が交わり出会う場所は神仏の居場所

  大国主は鉄剣の製造を独占していた出雲の国主（王）ですから、八剱とはおそらく大量の鉄剣（鉄製の武器や武具）を意味するのでしょう。大国主は神話では大和王権に臣従し、王権への鉄剣の供与を担ったようで、大和王権は鉄剣の威力と騎馬団によってその権力と権威を広げることになりました。
  大和王権の武威の拡張では日本武尊が大活躍しました。誉田別尊は大陸由来や渡来人の文化や技術を採用し、大和王権独自の統治スタイルを確立しました。王権に仕える武装騎馬団の創設に寄与したと見られます。してみると、八剱とは武器や武装など武力・武威の誇示や伝達にかかわっている名称なのでしょうか。

八剱神社社殿の脇にある金刀比羅社

  ということで、八剱神社には――諏訪社や住吉社のように――総本社を頂点とする階層序列はないのですが、しいて共通点をあげれば、「国づくり」の物語で画期をなすような活躍をした神々を祀っているということです。
  では、中川原の八剱神社の由緒はどうなのか、知りたいものですが、史料は見当たりません。
  信濃では木曾地方に多くの八剱神社が集中しているようなので、古代の官道としての吉蘇路（きそじ）の建設に結びついていると考えられます。つまり、大和王権の権力と権威の浸透拡張のための兵站制度あるいは軍道として役割に関連しているのかもしれません。軍道の駅逓拠点＝兵站拠点の守護神だったのではないでしょうか。

■岩棚の上には神社と樹林■

  さて、神社が祀られた岩棚はミニテュアの山城みたいな形です。鳥居の脇には石垣防壁のような岩が張り出していて、社殿の背後は小高い小丘となっています。そこは杉が密生する樹林で、神社の背後を守る社叢となっています。
  鳥居をくぐると拝殿があって、その奥に階段渡殿をのぼると本殿にいたります。本殿の背後を守るように大杉が立っています。立札によると、樹高は18メートルで、推定樹齢530年、目通り幹周り11メートルだとか。
  この老巨樹は、もともと独立していた４本杉の根元が合体して、長らく「四本杉」と呼ばれていたようです。今は、そのうち最大の２五本の幹が枯死して、生き残っているのは２本です。

本殿蓋殿の屋根の背後に聳える大杉

◆柿其渓谷を渡る水路橋◆

  左の写真の奇妙な形状の架け橋は、読書発電所の発電機を回転させる流水を供給するための導水路のうち、柿其川を渡る鉄筋コンクリート造りの水路橋です。1923年（大正12年）の建設で、全長は142.4ｍ。中央部は２連アーチ橋構造で、両端部は桁橋となっています。現存する戦前の水路橋のなかでは、最大級の規模だそうです。
  上の写真は、この水路橋の下の柿其渓谷に架かる橋から見おろした渓谷の様子です。巨石が転がる急勾配の河床を清冽な水が流れています。注目すべきは、河岸壁がじつに見事に組まれた石垣で支えられていることです。柿其川の激流に長年にわたって耐えている、すばらしい結構の石垣なのです。